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2020年4月18日土曜日

サンドイッチ伯爵はサンドイッチを食べたらいけない理由(2)

サンドイッチ伯爵は賭博場でサンドイッチを食べていたか第二段

軽食の名称にかかわる都市伝説

イギリスの政治上のスキャンダル

なぜサンドイッチ伯爵(1718-1793)が賭博のときにサンドイッチを食べたらいけない?

当時の植民地であるアメリカを共和制つまり王制であるイギリスから独立させようという思想にくみすることとなるから

それは海軍卿として独立思想(共和制つまりTHOMAS PAINE派)に対抗しなければいけない立場だったサンドイッチ伯爵ことJOHN MONTAGUにとっては野党というか政敵に攻撃される隙を与えてしまう

なぜか?

それは前にもふれたJOHN KING (こと本名JACOB REY1753-1824)なる人物がフランスと往来していて共和制思想をイギリスに持ち込んでイギリス貴族に取り入って金貸しなどの事業をやっていた(前にフランス出身でといったがsephardic jewらしい)

その出資者の一人がLORD FALKLANDでファロテーブルを自らディーリングしていたほどのギャンブル好きの貴族でサンドイッチ伯爵も関係してるというのが前回までの話(むりくりにこじつけたわけだが)

ようはサンドイッチ伯爵を政治的に失脚させるには共和制思想のひとたちと関係してると思わせる印象操作をすればよいわけ

噂を流したのはそれが狙いだったわけだ

伯爵が[公共の賭博場でゲームに夢中になる]とは政治上の堕落や汚職またはJOHN KINGのようなひとたちと裏で繋がってるということをほのめかす

驚くのは関係者がみなフリーメイスンかそれの関係者っぽい

フランス革命やアメリカの独立が[free-mason思想]からでたという
(竹下節子『フリーメイスンーもう一つの近代史』参照)

啓蒙思想に自由思想と政体

ヨーロッパに遊学した伯爵が当時どのような思想を持っていたかは不明だがフリーメイスンのそうした思想を裏では共有していたのかもしれんし
(ちなみにMONTAGU一族のなかには1721年にfreemasonの憲章を作らせたgrandmasterがいる )

伯爵が地獄の火クラブなどの秘密結社と関係してるとの疑いがあるとマズイのと同じだ

昔ハマコーがラスベガスで大金をすったのも裏ではロッキードの金が還流してるんじゃないかと
スキャンダルになったけどおなじような。

経緯

1721 JOHN M.2nd DUKE OF MONTAGU(1690-1749)が貴族のgrand masterとしてfree masonの憲章を作らせた(実際に起草したのはスコットランド長老派の牧師ジェームスアンダーソンであった)

1762サンドイッチ伯爵が公衆の賭博場でサンドイッチなる食べ物を発明したとLondonで噂になるとフランス人の旅行家が書き残す(フランス人の旅行家というのが意味ありげ)
1763七年戦争の終結とパリ条約でのイギリスフランス間のアメリカ東海岸権益のフランス領がイギリスの領有となる

1773ボストンティーパーティ起こる

1775アメリカ独立戦争とアメリカ独立宣言1776
-1781アメリカ独立戦争終結
1782サンドイッチ伯爵政界引退

1784 アメリカ初の黒人のフリーメイソンロッジであるPRINCE HALL FREEMASONRYがボストンで承認される

1789フランス革命起こる

1790c faro ladies の騒動起こる

1793サンドイッチ伯爵死去

1820c  W.CROCKFORD のギャンブリングクラブができる(文献のなかには伯爵がクロックフォーズのクラブで賭博をやっていたとあるが明らかに時代が違う)

なお近代史のなかのfree masonは組織の名称はFREEMASONRY でその正員はフリーメイスン

しかし相変わらず[公衆の賭博場]というのが引っ掛かるけど、秘密クラブとか仲間内のクラブでは少しセンスが違うような?要追跡調査か?

2020年3月4日水曜日

サンドイッチ伯爵はサンドイッチを食べていたのか?

サンドイッチ伯爵のカードゲームとは

ファロがいかに熱狂的なゲームか

サンドイッチはギャンブルと関係が深い

四代目サンドイッチ伯爵(john montagu1718-1792)が博打がすきでゲーム中に食事をするのに考案したとされてきた

少なくとも雑学や辞書のレベルではそれが歴史的な真実であるかのように語られてきた

しかし実際には根も葉もないうわさであった?

マリーアントワネットのパンが食べられないならケーキを食べれば発言のように後のひとが流したうわさではないか

はたして伯爵は賭博好きだったか

賭博好きの海軍大臣なら山本五十六でしょう?

伯爵がゲーム

伯爵がゲームに興じたという証拠?

では本当に伯爵が夢中になったであろうカードゲームはなんだろう

18世紀のヨーロッパで流行りのファロ(faro)ではないのか?

一説によるとファロテーブルで二十四時間ぶっ続けでゲームに興じたときのエピソードだという
(誰が?)

一説によると仲間内ではeucherやbridgeだという(誰が?)

では実際にはサンドイッチ伯爵はサンドイッチを食べていたのか?

サンドイッチ伯爵は本当にサンドイッチを発明したのか?

それはearl of sandwich(11代目の末裔がやってるサンドイッチチェーン)にでもきいてくれ

ついでにケンタッキーフライドチキンの11種類のスパイスの内訳もきいたらいい‼

いやそうではなくて

我々が知りたいのは伯爵が当時興じたゲームの種類だ

大臣として多忙をきわめる男がはまるゲームとは

仲間内でやる賭けないゲームか

そうだとするとprimero (pokerの前進といわれてるカードゲーム)

あるいはlansquenet

ひょっとしたらput またはwhist

Wikipedia によると

フランス人のひとがかいた本がこのエピソードの元らしいが

pierre jon grosley

TOUR OF LONDON1767/english1772

(GALE ECCO)アマゾンにて入手可能らしい

フランス語が読めないので英語版

まだ未確認だがwikipedia で参照されてたfactoidsではpublic gaming-table[公衆の賭博台]でとあるからbanking game の可能性あり

伯爵とファロテーブルとの接点

伯爵がファロ?をやったという可能性

サンドイッチ伯爵とファロテーブルの関係性をあらわす一次史料があればよい

頼みはgoogle books

google booksでしらべると

edward wortley  montagu(1713-1776)がjohn montaguつまり4th of earl of sandwichと一緒にfaro や hazard(ダイスゲーム)で遊んでいたかもしれん
(Johnathan curlingというひとの文献)

このひとは1751年にフランスにいって博打で騒動をおこして牢屋にいれられたりして(steinmetz ,jeremy black)

このedward wortley  montaguと間違われたのかもしれない
(edward  montaguいすぎwikipediaおなじ名前まぎらわしい)

さらには伯爵はLord Falkland という人物(Lord Falklandもいすぎ世襲貴族みんな)がファロバンクのクラブを個人的に主催していてユダヤ人の銀行家のJOHN KINGなる人と絡んでいてサンドイッチ伯爵もその人物に関係していたらしいことが別の文献でわかった(a newspaper history of England, 1792-1793LUCYLE WERKMEISTERp33Mr.king's apology1799のp30)

であるのならば該当のクラブに遊びにいっていてもおかしくはない

であるならば二十四時間ぶっ続けでゲームに興じたというのはあながち可能性がなくはない

そのときに食事としてbread and meatつまり今日のサンドイッチを食したかもしれないし何も食べなかったのかもしれない

だからサンドイッチはどっちでもよくね。